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NPO法人「トリトン・アーツ・ネットワーク
(TAN)」視察報告

視察日 2004年10月20日(水)
事業内容 音楽ホールである「第一生命ホール」の企画と運営
ホールを中心としたコミュニティ事業・評価事業 など
所在地 〒104-6005 東京都中央区晴海1-8-10 晴海アイランドトリトンスクエア
オフィスタワーX5階 TEL. 03-3532-5701 FAX. 03-3532-5703
ホームページ http://www.triton-arts.net/index.html
視察目的 TANが行っている「音楽を通じたコミュニティ活動」についてお話を聞き、盛岡における指定管理者制度についての考えを豊かにする。
説明者 児玉 真  さん(ディレクター)
箕口 一美 さん(ディレクター)
金多賀 淑久さん(事務局長、第一生命からの出向)
※ただし、この文章の全責任はお聞きした話をまとめたいせ志穂にあります。

1.生まれた根拠・いきさつ
 
 公団・住友・第一生命・東京都・トヨペットが地権者であった晴海第一地区に「食・住・遊」をテーマとした再開発計画が立てられたのはバブルの最盛期の頃。以前、第一生命館にホールを所有していた(立て替えに伴いホールは1989年閉鎖)第一生命ではそこに音楽用ホールの建設を考えた。
 しかし、ホールが完成した時はすでにバブル景気は崩壊していた。折しも保険会社の合併・倒産が社会問題化している時期とぶつかってしまった。ホールの運営に理解を得るため、その運営にはある種の工夫が必要であった。
 第一生命は元々「企業は社会貢献をすべきである」という考え方を社風として持っていた。また、保険会社という業種から来ているものと思われるが、その発想は「個人対個人」、つまり「人と人とのつながりを最重視する→地域重視」という方向に向かっていった。
以上のようなことから、今までの音楽ホールが「グローバルなものを目指す方向性」であったのに対して、第一生命ホールの運営は「ローカルを考えていく方向性」を打ち出し、ホールが存在している地域の人たちとともに「音楽ホールの運営を通じて、コミュニティ活動を行う」ということをコンセプトとする。
また、ホールの運営を企業という形で行わず、NPO法人にまかせることとした。非営利で情報の公開を原則としている構造の組織が、よりコミュニティ活動を推進させると考えたからである。
(写真は第一生命ホール。パンフレットより転載。)

2.地域活動の考え方と現状

 TANでは以下のコミュニティ活動を行っている

<アウトリーチ>
演奏家がコンサートホールを飛び出し、学校・病院・デイサービス施設など、なかなかホールに足を運ぶことのできない人たちを対象に出張演奏を行っている。また、地域の集会所やマンションのロビーなどでもコンサートを行い、音楽を縁とした地域作りに寄与している。

<ロビーコンサート>
主に平日のランチタイムに第一生命ロビー、日比谷第一生命保険相互会社本社ロビーで行う無料のコンサート。近くで働いている方たち、近隣住民を対象として、気軽にクラシック音楽を楽しめる機会を提供。

<オープンハウス>
年に一度、第一生命ホールの表から裏まで開放。ホール内随所でミニコンサートやワークショップを行い、ホールに親しむきっかけづくりをしている。企画や、当日の運営、チラシ・パンフレットの作成等はTANサポーター(ボランティア)が中心となって開催。

<その他>
曲の聴きどころや知識を演奏会前に解説。「レクチャーコンサート」
若手演奏家支援を目的とするミニコンサート&茶話会。「クァルテットサロン」
スポンサーの企業へ感謝の気持ちをこめて行う「サンキューコンサート」
中央区内の小学校でのアウトリーチ活動を発展させた「Link&Ringプロジェクト」など。また、コミュニティペーパー「TANかわら版」(写真右)を月に一度25,000部発行している。配布方法は、店置きやTANサポーターによる宅配など。

 東京でホールを運営していく限りはある程度の価値を維持していかないと存続は難しい。もし、その「価値」をつくっているアーティスト達が、本気でコミュニティの人たちと関わっていったらその地域はどうなって行くのだろう、という考えから、コミュニティ活動を考えている。つまり「中央区のQOL(生活の質)を上げていく活動として」コミュニティ活動を考えているという事。
 日本において、音楽を通じたコミュニティ活動の例は少ない。その理由は「仕組みがない」という事につきる。
もし、その地域に「今まで住んでいて、今後も住み続ける」様な姿勢で住民に接してくれる音楽家がいれば、地域住民も音楽家もホールのあり方も、音楽活動をめぐる全てが変わってくるのではないか。レジデンシィ(滞在型芸術活動)とは、ある場所に一定期間滞在して、その劇場や地域コミュニティとともに芸術活動を展開することを言うが、例えば、アーティストが1年365日のうち、ある一定の期間を「あそこの土地の人に使おう」と考えてもらえば、その関係は濃密になる。それは、地域の文化活動に貢献するばかりではない。地域に住んでいれば、芸術文化のすそ野を広げていく活動(お客さんを増やしていく活動とも言える)の重要性をアーティストも知る事になる。
第一生命ホールを「その拠点としての公共ホール」と位置づけている。

3.芸術文化に関わるNPOとは(「指定管理者制への移行」と関連して)

 前述の様な考え方から、ホールの運営は以下の順番で企画される。

1.コミュニティの実情の分析
2.1から発想して「ここにどういうものが必要か」
3.そこから導き出される公演の演目

だからこそ、TANの様なNPOに必要とされるのは「専門の知識」を持っている人。
その「専門の知識」とは音楽に対する知識だけではない。例えばアウトリーチを小学校で行う場合、音楽の知識・その小学校で演奏してくれる音楽家についての知識・楽器についての知識・その小学校についての知識・そこの地域についての知識etc.と、総合的な知識が必要とされるし、調整を計らなければならない事が山のようにある。
つまり、地域コミュニティとアーティストをつなぐ仕事はコーディネーター業である。「自分たちが好きなものを好きでやっている」という所を一歩超える形が作られないと、コミュニティ活動は行えない。

「指定管理者制への移行」についても、文化事業に関する限り、そういうことが解っているNPOでなければ、事業の企画・運営をまかせられないのではないかと思う。だから地域にそのようなNPOが存在しない場合は、管理部門と企画部門を分けてしまうのも一つの方法ではないかと思う。その二つを一緒にして委託した結果、「ビル管理業者がホールの企画運営をする」などというとんでもない事が起きる可能性がある。

また、指定管理者制の導入によって、必ずしもコストが下がるとは思えない。TANでも、アウトリーチが好評で取り組む学校が増えれば増えるほど、人手がかかっていく。文化・芸術に関しては「コスト削減」よりも「専門の知識を持った運営」を行うために、指定管理者制を導入すべきだと考える。
(参考までに)
福井市では、市の文芸協会を発展的に解消し、福井市文化会館を拠点に事業を企画・運営するNPO「福井芸術・文化フォーラム」を結成した。
ここは「芸術事業をやりたい市民のたばね役」的な活動を行っているとのこと。
http://www1.fctv.ne.jp/~geibun/

4.課題と今後の方向性

1.コーディネーター養成
繰り返しになるが、TANの活動が地域に受け入れられれば受け入れられるほど、人手不足になっていくので、サポーターズ企画やアウトリーチ等を通して、コーディネーター的役割を担う人たちを養成していくことが必要だと思っている。まず、アウトリーチの専門担当サポーターは必要。そしてそれは「TANのこともアーティストのことも地域のこともわかっている人」になるはず。
(写真はディレクターの箕口一美さん。TANかわら版より転載。)

2.予算の拡大
TANの予算は年間1億5,000万円位の規模。この予算はNPOとしては大きいが、芸術系としてはとても小さい。全体の予算が小さいため、アウトリーチなど、手間がかかるけれど非常に少ない予算でやりくりをしている。
文化事業・コミュニティ事業は効率優先ではやれない性格があり、この部分を評価してもらうことを考えていかなければならない。

3.事業評価
TAN発足時に、事業の外部評価をしようと決定した。それは、芸術系の事業は「評価軸がなかなか定まらない」という問題があるから。採算だけで評価するのはやはり違うと思う。「芸術評価をどういう風にやっていくか、どう言う評価軸を作っていくか」という基準を作っていきたい。
だから「評価事業」をTANの事業の一つと位置づけている。


5.私(いせ)の感想など

○まずは、児玉ディレクターの「熱さ」に感動しました。「熱さ」の理由は、TANスタッフの皆さんが言う「ミッション」に負うところが大きいのだと思います。「ミッション」、日本語訳では「使命」となるのでしょうけれど、「使命」って言うとちょっとニュアンスが違ってしまうような気もします。自分の事を引き合いに出して説明すれば、私は時々「議員としての、いせ志穂のお仕事」という様な言い回しをすることがありますが、この場合の「お仕事」に近い感じですかね。「趣味」ではなく「お仕事」。(白状すると、実はダムや道路みたいに数字がたくさんでてくる話は苦手でした。それこそ「ミッション」だと思って、泣きながら勉強し、今ではある程度解るようになった、というのが真実です。)

○「公共」と書くのは簡単ですが、一体どこまでが「公共」なのかというのは、難しい課題です。TANが行っている「音楽を通じたコミュニティ事業」なんていうのは、線を引くのが最も難しい部分のように思います。
芸術に接しなくても人は(多分)死にはしない。しかし、それでも人は太古の昔から岩肌に絵を描き、獣の骨などでつくった楽器を演奏してきました。こういう「区分わけが不明瞭な部分」に対して、誰がお金を出し、誰がそのために働くのか、という事について、まじめに考え込んでしまいました。

○Jリーグが生まれたり「キャプテン翼」を多くの子ども達が読んだりしたから、サッカー人口が増えレベルアップにつながった訳ですよね。それと同じように、芸術を楽しむためには様々な意味での「環境整備」が必要なんじゃないか、と思うわけです。ちなみに私がチャイコフスキーとウィリー・ネルソンと加山雄三を同程度に「好き」と言えるのは、父がよく聞いていたからです。(あまり良いたとえじゃないな…)

○今回の視察の中で、一番ドキッとしたのは、TANの皆さんから「ミッション」と「コーディネイト」のお話しを聞いていた時、「政治も同じですよね」と児玉さんに言われた時です。確かにTANはコミュニティ活動を中心に据えているので、私のやっている事(なんたって「市民参加の市政」ですから)と、その精神において、重なる部分が、数多くあるように思われました。
個人的には「ミッション」という考え方を教えていただいたことで、以前から考えていたことに(「なぜ、言葉の上では同じ考えなのに、行動の上での方針が異なってしまうのか」ということ)結論を出すことが出来ました。

○サポーターの方のお話し。
「アウトリーチで演奏を聴いた小学生達が、いつか音楽好きの大人になって、その子たちがアウトリーチを企画する側になる、そんな事を夢見ています。」

そんなこんなで、私はTANがとても好きになりました。
首都圏方面の方、ぜひ会員になってください。(ホールも輪郭がくっきりした良い音でしたよ)


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